ぼちぼちいこか
病気療養中だけどぼちぼち明るくいきたいネ♡

ふんばる…!!

前回のブログから、もうすでに3ヶ月たってしまいました。
あっという間の3ヶ月…というか、この3ヶ月の日々でさえも、私にとっては激動的変容の時でした。
変わり始めると、ひとつのことだけが「変わる」わけにはいかず、次々と周りのことも変化が起きていかなくてはならないのは、仕方のない事でしょうし、ある意味うれしくワクワクすることでもありますが、病人にとってはかなり疲れます(笑)。

さて、3ヶ月ちょっと前に何が起きたのかと言えば、あるイベントに参加して「私とあなた」の境が消える瞬間を垣間見たことと、そこで私の心のプライベートな部分での浄化と再生が起こったことです。
そのことを、ブログに上げようと、文章にまとめましたが、どうやらプライベートな部分があまりに濃厚な内容となり、載せる為にはその「説明」までもが必要となることに気づいたもので、プライベートな記録としてとっておくことにしました。つまり、書いたもののこちらには載せません。申し訳ありません。いつか、載せても大丈夫な時が、あるいは載せる必要がある時が来るかもしれませんが、「その時」まで、しばらく眠っていてもらおうと思います。

さて、その変容のおかげなのか、それともいよいよアセンションの到来なのか(笑)、単に厳しい気候の激変に耐えられなかっただけなのか……最初の1ヶ月は私の内面とは裏腹に、体調はかなりのキビシイものが表に出て来ておりました。それでも、内面の変化のおかげで、気持ち的には妙に軽く明るくやり過ごせたことは、3ヶ月前のイベントに感謝しても余りあるものがあります♡

そのシンドい1ヶ月を越えて、この2ヶ月は、おかげ様で少しずつ体調は持ち直してきておりました。

たまにしか外出出来ず、家の中で過ごすことの多い日々の中で、気晴らしも兼ねてパソコンを観る時間が多くなったおかげで、実はこの間に私に新しい出会いがありました。それが、今回のお話です。

実は、この出会いのせいで、私は個人的に自分の為だけにじっくり考察する時間がほとんどなくなってしまい、ブログを書けずにいたのです。一応主婦でもあるので、家事全般は(多少の手抜きはありますが)私に責任があります。三田に住む実家の両親は78歳と84歳という高齢であるために、マメな連絡と訪問も余儀なく必要とされます。それに加えてこの新しく出会ったプロジェクトに参加したのです。他の方には大したことではなくても私にとってはかなりの身体への負担もあるので、自分の為にだけ使っていた時間は、ほとんどが、この体調調整にとられてしまったのです(まー自ら招いた事ですから、誰に文句が言えるわけでもありませんが)。
でも、よく考えてみたら、やけに充実してまして(それまでどんだけダラダラしてたんだか…笑)、以外と「楽しい」のですよ、これが。…で、この楽しさ、ありがたさも含めてご報告したく思い、頑張ってみました(笑)。

いつも参加しているTwitterで、友人が『ほぼ日刊イトイ新聞』の記事「西條剛央さんの、すんごいアイディア」を紹介していました。糸井さんはTwitterでフォローしていたのですが、その記事のことは、友人がツィートするまで気づきませんでした。
 ほほ日刊イトイ新聞
サイトに飛んで、読んでいて、「これは面白い!スゴいぞ!もしかしたら、私が鬱々としながら探していたものかもしれないぞ!」と、妙に血が騒いだのです。で、その団体のサイトにまた飛んで、ほとんど後先のことは考えずにFacebookから参加申し込みをしてしまったのでした。

それが、
「ふんばろう東日本支援プロジェクト」でした。
 http://fumbaro.org/

3月11日以降、ただひたすら祈るように世界を見つめ続け、わずかながらの募金を所々でしつつも、行政や赤十字の復興支援を見ていると、歯痒さや悔しさや焦りばかりを感じてしまっていました。それだけのひどく大きな未曾有の震災だったのだ…と思っても、「なめるな!」と自分のネガティブさに蹴りを入れても、自分に出来る事は(祈り以外で)実務的に何もないのだろうか…とつい無力感に襲われてしまう自分に「なんとかしたいなぁ…」という思いばかりで日々を過ごしていた時に「これだ!」と第六感で思ってしまったのだから、急には止まれません(笑)。

「ふんばろう東日本支援プロジェクト」の面白い所は、
もともと「被災した方々の為に何か役に立ちたい」というシンプルな意識の集まりで、インターネットを中心に動いている所です。
行政が「公平性」を絶対的に正しいことだとして、物が全員分揃わないと配らないということをやって、被災者支援を妨げたり、「個人情報保護」を徹底することで、送ることができる荷物が送られないということがあったり、と「まず被災者を救う」という本質を見失ったため、被災者支援から遠ざかる判断を幾度もしてしまい自分で自分の首を絞めてしまうような停滞を見せている中で、ネットを中心としてその穴を埋めようと動き始めたのが「ふんばろう東日本支援プロジェクト」でした。
ですから、今までのボランティア団体から見れば、かなり型破りです。核がインターネットになるので、場所や組織に捕われにくい。だから縦横無尽な自由さと行動力と活力があります。(でも逆に顔がはっきり見えない人同士で動くので(性格や価値観だって多様性ありますから)誤解が誤解を生んでしまい易い脆弱さもありますが…)

リーダーの西條剛央さんがこの団体のことを語る中でも、特にこの団体のことを象徴的に語り、私が気に入っている文章があります。

『「ふんばろう東日本プロジェクト」の基本モチーフの一つは自律的支援だ。各自がその場その場で考えて支援することを可能にするシステムを構築しようとしています。これは画期的な試みで実現すれば、より効果的な被災地支援が可能になる。
だから使う人も「ふんばろう東日本プロジェクト」に依存してはいけないし、運営側もそれに依存してはいけない。少しでもそういうものになったとき、このプロジェクトは本質を失うことになり十分に機能しなくなるだろう。
僕らは自分がいてもたってもいられなくて、誰かを支援したいのだ。させてもらいたいのだ。それだけのことだ。どんなやりかたでもいい。穴があったっていい。失敗してもいいし、重複したっていい。そんなことを気にしていたらその辺の行政と変わらなくなる。
そういうことは自戒を込めて胸に刻む必要がある。それからスタッフも大変だろうけど、大変だからこそ、言葉遣いは丁寧にするよう心がける必要がある。そして休むときは休んで、家族との時間も大事にして英気を養わなければならない。僕らが気持ちよく仕事ができなければ、現地の人によい支援を届けることはできないのだから。』
 http://www.facebook.com/groups/146589268744944/doc/184042888332915/

自立したそれぞれが自律して活動する…私にとっては、社会のあり方の理想的な形として、こうしたものを考えていたので、このやり方でどこまで行けるのか…にもかなり興味をもって参加しています。…そして、もちろんこの形が成功して欲しいので、微々たるものながら、少しでもお手伝いさせていただきたい、と思っています。

私は病人なので、最初はほとんど何もしてませんでした。
参加してみることが大事なような気がして、勘で参加しちゃったので、初めはとまどうばかりでした。でも、次第に参加して良かったと思うようになりました。例えば、「ふんばろう…」で募集しているコトやイイと思ったコトをTwitterでリツィートしたり、Facebookでシェアして自分の「友達」に広げるだけでも大きな支援になることに気づいたのです。「ふんばろう…」はもともと「何か役に立ちたい」というシンプルな意識の集まりで、それぞれが自律して「何か」をやることで成り立っているようなので、参加しながら自分に出来る事を探したり作ったりしていけばイイように思えてきてから、俄然肩の力を抜いて参加できるようになりました。
気づいたことがあったら、人を頼りにせず、まず自分から何らかのアクションをする…ということがこれほどうれしくて明るい気持ちにさせてくれるとは思いませんでした。

【ふんばろうからの提言】に
『「ふんばろう東日本」は「すべては被災地、被災者のために」をスローガンとします。目的はあくまでも「被災者支援」であって「失敗しないこと」でもありません。多少ミスしても被災者支援に大きく貢献できれば良いのです。』
というのがあります。これは私も「あまり何も出来ない」ことは、迷惑をかけることにはならないし、「何もしない」ことよりずっと尊いことなのだと、妙に実感していることでもあります。

そして、ここの活動で最も気に入っているのが「被災された方々が皆さん自立なさった時が活動が終わる時」という考え方。実はこの大震災で被災したのは、(直接的には東日本の方々がほとんどですが)間接的にではあっても、日本中の方々なのではないか…と考えているので、日本中の方々が、東日本の方々の自立をみて「そうだ、自分も!」と思う時、日本は凄いことになるように思えて仕方がないのです。そう思うと、さらにワクワクするのです。
少しでも、参加している自分がうれしいのです。

ちなみに、連れ合いとは、
「●今まで自分が役割として責任をもっていたことは疎かにしない。
 ●体調がもっと安定するまでは、被災地へは行かない
 (逆に迷惑をかけるかもしれないから)
 ●ストレスになって今までの生活が疎かになったり、
  無理をし過ぎて体調を崩すようなことがあったら、即活動は止める」
と約束しているので、なかなかスリルのある生活になっています(笑)。

私個人としては、被災していないからこそ、被災した方々のお力に少しでもなれる自分自身とそれを許してくれている連れ合い(病人だからヒヤヒヤしているみたい…笑)のいる環境に対して、ただただ感謝の気持ちで一杯なくらいです♡ 少しでも動けることに、ただただ自分は幸せ者だと思っています。

組織が大きくなってくると、次第にいろいろな思惑で参加する方々も増えて来て、次第に流れが鈍くなってきがちです。くれぐれも、組織を守らんが為の「ねばならない善意」と「そうあるべきではない、とする悪の排除」の意識が台頭しないよう、自律していきたいものです。

そういう意味でもふんばるゾ!!


と、ココで終わるつもりでいたら、私のTwitter友達の下平千尋さんの素敵なツイートがありました。

 「いつの間にか、自分の幸せ<娘さんの幸せ になってる。再確認。
  明日も頑張れそう。」

そうですね、自分の幸せ<誰かの幸せ の時って、とても充実してますよネ。
だから、今、私は幸せなんだなーと、しみじみ気づいたのでした。

私も明日も頑張れそう♡
関連記事

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://mina5east.blog.fc2.com/tb.php/55-3e52e067
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。