ぼちぼちいこか
病気療養中だけどぼちぼち明るくいきたいネ♡

「道の美しい時もある…悩みの果てぬ古き場末で』(「ミセレーレ」より)







 










『ルオーと風景 パリ、自然、詩情のヴィジョン』展(パナソニック電工 汐留ミュージアム)を観て来ました。これは、ルオーの風景に重点を置いて若い頃から晩年までの作品を集めた展覧会です。震災の為、フランスから来るはずだった(目玉だったはずの)数点の作品は来る事なく始まり、多少残念なものはありましたが、いやいや行って損はありませんでしたよ。

(展覧会サイト ルオーと風景
 
先日『PRAY FOR JAPAN 3.11 世界中が祈りはじめた日』の本をご紹介した時に
「なめんな!」という気持ちでポジティブに行く決意を示した訳ですが、
順番としてまぁ、誰かに引っ張られているかのように、
この展覧会を観て、私は更なる決意と温かく豊かな気持ちで、今は一杯になっています。

期せずして5月5日にはチェンバロ奏者の家喜美子さんのコンサートにも行く事が出来たのも、素晴らしい順番でした。彼女の「パルティータ 第3番 イ単調 BWV827」の圧巻さは、今までにもないくらいで、今まで以上に力強く、落ち着き、それでいて豊かなその音には、震災へのレクイエムと共に地球の新たなる再生を思わせるエネルギーすらも感じられ、元気が出て来始めていました。そして、この展覧会でのルオーの絵との出会いには、なおさらに、思う事が多くありました。

ルオーの絵は昔から好きで、シスターになった親友とも何度か観に行っていました。彼の絵にはクリスチャンではない私にも、心に静謐で温かな何かをもたらしてくれるようで、ちょっとシンドいことがあると、落ち着きたいのもあって、出光美術館には一人でも度々訪れたものでした。
また、去年は同じ汐留ミュージアムで開催された『ユビュおやじの再生』展で、ルオーの意外な一面を観て、逆にワクワクしたものでした。

でも、今回のルオーの絵は、震災後の私自身に変化があったせいでしょう、静かに力強く心を揺さぶるものがありました。

まず、彼の絵が抽象的になっていけば行く程に逆に溢れ出て来る「言葉」にも近い何かがあるのに驚きました。「リアルなものからはそのリアルさ故に見えないものがあるのだよ……」とやさしく語りかけられているような気さえしました。
そうか、彼の考えられないような色彩感覚とこの抽象性があってこそ、逆に宇宙すらも感じさせる「何か」が描けるのだ……!今までどうして気がつかなかったのだろう……と。

もうひとつ、これが一番お伝えしたかったことですが、
ルオーの風景の中には常に「キリスト」が居る!と感じたことです。
クリスチャンでもないのに……とご不満をもたれる方もいらっしゃるでしょうが、
これはクリスチャンでなくても感じる所がスゴいことだと思うのです。
彼の描く風景が何故他の風景と違うのか…何故このような考えられないような色彩感覚でしかも調和のとれた絵になるのか…。それは、この絵の中に「愛」があり「思いやり」があり、「祈り」があるからだと思いました。
彼はいわゆる「場末」の「郊外」の労働者街である、いわば都市の残りかすや矛盾がすべて流れ込んでいるような環境で育ったそうです。その環境がそのままモチーフになっている絵も多く見受けられるのに、悲惨で暗いはずなのに、ぼんやりとした薄いベールのような光で包まれているように感じるのです。始めは、彼のステンドグラス職人としての修業時代の影響もあるだろう色彩感覚や輪郭線の描き方から出る効果かな…と思って観ていたのですが、静かにグングンと迫って来るこの温かさや豊かさに包まれた感動は「希望」と呼ぶしか考えられないものでした。
普通の、いやそれ以下の人々の風景の中に聖書の世界はあるんだと、ルオーが静かに語ってくれているようでした。
ルオーは信仰深き画家としても有名です。信仰の力とは愛と思いやりと祈りの深さなのかもしれません。
で、それをすべてひっくるめた意味で「キリスト」を感じたのです。
(クリスチャンの方には乱暴に思える発言でしょうが、ごめんなさい!)

彼の絵を観ていて、ヴィクトール・エミール・フランクルの著書『それでも人生にイエスと言う』を思い出しました。ルオーの面差しはフランクルとかなり近いものがあるのかもしれません。
「道の美しい時もある……悩みの果てぬ古き場末で」というタイトルの絵がありました。これは「ミセレーレ」という豪華版画集の中の作品です。
「ミセレーレ」は、父親の死をきっかけにして、「人間社会の奥底に巣食う悪、憐れな状況の中での人々の苦悩、さらにはこうしたこうした罪に汚れた世界だからこそ求められる希望を主要なテーマとして扱い、第一次大戦勃発後には戦渦への憤りも加わり、それらの主題を壮大に謳い上げられた作品」(解説より)です。
まさしく、今のことだ、と思いました。
単なるプラス思考や単純な「愛」や「祈り」を歌い上げるのではなく、どんな場末にどんな環境に生きていようが、そこに人が生きている限り、「美しさ」はある。「愛」はある。「希望」はある。
「なめんな!」とネガティブな意識を蹴飛ばすのもいいけれど、力まなくても、すでにそこにはあるのだから、大丈夫!諦めさえしなければ……!
と、自分の中からも呼びかける声が響いているような気がしました。
それは、家喜美子さんのバッハの演奏の響きにも近いものでした。
決して諦めず、ここにある「美しいもの」「愛」「祈り」を信じて力まず無理せず行こう!
先はまだ長いのだから……。
と静かな気持ちで意を決した次第です。

節電の為に夕方5時までになりましたが、7月3日までやっています。
入場料も500円とやさしい値段です。

よろしかったら、是非ご覧になってみてください。

(私は個人的には
 「郊外のキリスト」
 「ミセレーレ」のシリーズ
 「朝の祈りを歌え、陽はまた昇る」(「ミセレーレ」)
 「小さな郊外」(石版画集)
 「秋」「秋の終わり」
 がとても心に残りました。
 皆さんはどれが心に残るのでしょう?)


関連記事

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://mina5east.blog.fc2.com/tb.php/5-839b6360
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。