ぼちぼちいこか
病気療養中だけどぼちぼち明るくいきたいネ♡

What A Difference A Day Made !

「そもそも人間は愚かである、という前提で物事はやっていかないといけない。自分のことを考えても愚か以外の何者でもない。失敗しても取り返しがつくようにシステムを作っていかないといけない。よくSFなんかでは愚かな国の愚かな大統領が核のボタンを押しちゃって、世界が終わるという話があるが、笑い事ではない、ということがよくわかった。そういうつまらないことで世界はカンタンに終わってしまうのだ、きっと。」
という友人の発言を先日Facebookで読んで、思う事が多くありました。
ちょっと前までの私なら頷いたのでしょうが、どうしても首を縦に振る気になれないのです。
これは、今起こっている原発問題のことを言っているので、ある意味気持ちもよくわかるし、似たような怒りがないわけでもありません。でも、やはり、だからといってここまで言葉にしてしまうのは今だからこそ、考えてみたいと思うのです。

「そもそも人間は愚かである」と本気で考えてしまったら、私は絶望で今すぐこの世からおさらばしてしまうでしょう。……実際、しようとしたことすらあるし…運良く(?)未遂で済んだからこそ、今こうして書いている訳ですが(笑)。
きっと、こうした言葉をつい言ってしまうのは、自分自身をも叱咤激励したい時なのだろうとは思います。それくらいに、今自分が属するこの世の中に腹を立てている…ということなのでしょう。
でも、だからこそ、なおさらに、大人である私達はこれから手渡す事になる次世代の、更にはそのまた次世代の子供たちの為にも、このような言葉を使ったり残したりしたくない…と考えてしまいます。

前回のブログでルオーの「郊外のキリスト」について書いた時にも触れましたが、私達はこの大震災と原発事故によって、自分達の「無力さ」や「醜さ」や「卑怯さ」を思い知ったけれど、それを思い知ることが必要だったからに過ぎません。思い知ることで、初めて次へ進む覚悟ができるからです。思い知ったからといって、その状態に甘んじている必要はないのです。

昨日Twitterでグッドタイミングで、ミヒャエル・エンデの言葉に出会いました。
「ヘルダーリンの有名な言葉があります。それは「危険が増すと、救いもまた増す」というものです。人間が全地球を破壊できるという人類史上はじまって以来の新しいページに足を踏み込むことで、同時に意識の飛躍が起こるのではないでしょうか。__『エンデの文明砂漠』」

まさしく、この「意識の飛躍」の為に思い知ったのだと思いたい。
思い知ったからには、人に変わってもらうことばかりを要求する前に、まず自分自身から変わりたいと、私は思うのです。

卑近過ぎてちょっと話がズレる部分もあるエピソードかもしれませんが実体験談をひとつ。
以前、広告制作会社に勤めていた時、どうにもこうにもソリの会わないコピーライターさんがいました。とにかく、ちょっとした事ですぐ対立してしまう。彼女の評判は上司以外では思わしくないのもあり、私は自分の正当性を信じて疑わず、彼女とは対立するばかりでした。そのいがみ合いに自分でもいささかウンザリしていた時に、運良く別の会社からのお誘いがあり、その会社を辞めることになりました。抱えていた仕事の引き継ぎもあり、1ヶ月はその会社に通う事になったのですが、もうすぐこのコピーライターともおさらばだ!と思うとうれしくて仕方がなく、私の心はその1ヶ月間かなりの上機嫌でした。上機嫌だと寛容になれるようで、この1ヶ月間、彼女がムカツくことをしても、にこやかに流し、間違いをしていても、ソッと修正までしてあげちゃう始末。反論も相手を押さえ込んだり批判的にではなく、やさしく噛み砕いて説明し、相手の言い分を一応聞いてから、改善点を提案する…と、出来る限りぶつからないように仕事をしました。……すると、彼女の態度が変わって来たのです。次第に対抗心むき出しだった態度が消え、少しずつ礼儀正しくなり、会社を辞める時には、彼女個人からまで花束をいただき、ハグまでしちゃった!……その時、つくづく反省しました。「私の態度も悪かったんだ…」と。私の「嫌い波動」が彼女にも伝わっていたのでしょうね。彼女はなにひとつ変わった訳ではなかった。問題の多い人ではありましたが、こちらの態度によっては、仕事自体はキチンとこなしてくれたし、話し合うつもりだって元々あったし、いがみ合うことや嫌味なことを趣味にしていた訳ではなかったのです。(冷静に考えれば当たり前ですよネ。)私が変わりさえすれば、変わる事はこれだけあったのです。
今ある原発システムが彼女の事と同じ訳ではもちろんないけれど、対立ばかりしていては、話し合いの土俵にすら立てないし、増々隠し事を増やすばかりでしょう。向こうだって馬鹿じゃないし、コミュニケーション能力だって持っている。自分を信じるように、ある程度相手も信じていくことこそが、今求められていることなのではないか…と思われて仕方ないのです。ましてや、腹立ちまぎれだとしても、「人間は愚かだ」と言い続けていては、どうなるのだろう……。

人間が愚かだとしたら、今ある構造を変革し、それを我々が監視し続けるシステムを構築し得たとしても、「愚か」である以上、監視する私達自身も信頼し得ない……という恐るべき結果しか待ってはいないことになってしまうでしょう。
そうではない、と信じているからこそ、自分を信じているからこそ、私達は怒るのだし、こうしてFacebookやTwitterなどで語り合っているのだと思います。
だからこそ誰もあっさりこの世から「おさらば」しないのだと思います。

だったら、それを口にしませんか?
まず、私達大人が、希望のある言葉をなるべく口にしませんか?
システムを変えたいのなら、まず自分の生活から、意識から変えていきませんか?
自分が変われるのなら、きっと相手も変われると信じられる。そこから相手と向き合うことが初めて出来るのではないかと思うのですが……。

私の大好きなJAZZの曲に " What A Difference A Day Made " があります。
Dinah Washingtonの歌が有名ですよネ。
(下に動画をはっておいたので、よろしかったら、聴いてみてくださいネ♡)
この曲は、
24時間前にあなたから「君は僕のものだヨ」とささやかれて、
ずっと雨降り続きのブルーだった人生が、全く違う世界になってしまった。
太陽と花がやってきて、
目の前には虹までかかってしまうくらい、世界が変わるなんて……
……そして、こんな風に世界を変えたのは、あなた。
と歌い上げています。

恋愛の時の事だけと思わないで、この「言葉の力」を考えてみませんか?
それこそ、私達の力です。きっと愚かではない力にできるはずです。



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