ぼちぼちいこか
病気療養中だけどぼちぼち明るくいきたいネ♡

ばくぜんとした絶望を横にどけて……。


マッシュ [DVD]



先週の金曜日から発熱や関節痛、アレルギー……と身体の不調が忙しく続きました。不思議と、予定していた用事の時だけは何とか動く事が出来、その後またダウン……という不思議な日々でした。
そんな中で、友人や両親、TwitterやFacebookで出会う皆さんの雰囲気が妙にぼんやりと重たいものを感じることが多くなって来ました。
私達は長い間の多過ぎる問題の海を漂いながら、緊張感と集中力と論理性を自分に課し続けてきたため、疲弊してきているのは確かでしょう。
なのに、ほとんどの問題はそのままだし、原発問題はひどい情報があらわになるばかりです。

昨日は午後からは天気が良く、風が冷たくて爽やかな日でした。雲は空で展示会でもやっているかのように、めまぐるしく形を変え、「雲見日和」と呼びたいくらいでした。
ちょっと出かける用があり、電車から雲を見ている時、これって「漠然とした絶望」って感じだなぁ…とフと思いました。

「漠然とした絶望」を人への愛情を込めて作った映画に『 M ☆ A ☆ S ☆ H 』という映画があります(と、私が思っているだけですが……)。
リチャード・フッカー原作の小説をロバート・アルトマン(監督)が1970年に映画化(アメリカ映画)しました。
カンヌ国際映画祭パルム・ドールやアカデミー脚色賞などを受賞しました。
タイトルのMASHとは移動米軍外科病院(Mobile Army Surgical Hospital)のことで、朝鮮戦争を舞台に、任務などそっちのけで勝手気ままに振舞う3人の軍医を描くブラック・コメディです。
映画は朝鮮戦争が舞台ですが、当時のアメリカはベトナム戦争期で、自分達ではどうにもならない「漠然とした絶望」をアイロニカルではありますが、妙に愛しく愛情溢れるやさしさを底に感じさせて描いており、とても素敵な(?)映画になっています。

この映画のメインテーマになっている曲に " Suicide is painless " があります。
この映画の中で、冒頭のタイトルバックで山岳地帯を飛ぶヘリコプターを背景に流れ、劇中にも、歯科医の1人ペインレスが“男性的不能”を理由に自殺したいとホークアイに相談し、ホークアイとジョンはペインレスのために「お別れパーティー」を開きます。その時にも、仲間がギターの弾き語りで唄う歌です。(実はペインレスは自殺しません…それもなかなかオツな落ちがあるのですが…。)今回は歌詞だけの動画で…。



「朝早く霧の向こうにに僕は見た、 物事のあるべき姿を。
 僕のために準備されている苦痛を。
 こんなことは僕にも分かるし、理解できる。
 自殺は苦しくない。 いろいろ気分転換にもなる。
 それにやるかやらないかは自分次第さ。

 人生はかなり大変なゲームだ。
 どっちにせよ僕に勝ち目はない。
 いつかは負けのカードに賭ける羽目になる。
 だから僕が言うべきことはこれだけだ。
 自殺は苦しくない。 いろいろ気分転換にもなる。
 それにやるかやらないかは自分次第さ。

 時という剣が僕らを突き刺す。
 はじめのうち痛みはないが、 やがて時とともに効いてきて、
 歯を食いしばっても痛みは強くなる。
 自殺は苦しくない。 いろいろ気分転換にもなる。
 それにやるかやらないかは自分次第さ。

 ある時、勇者が僕に尋ねた。
 大切な質問に答えてほしい。 生きるべきか死ぬべきか、と。
 僕は答えた「やれやれ、なぜ僕なんだ?」。
 自殺は苦しくない。 いろいろ気分転換にもなる。
 それにやるかやらないかは僕次第さ。

 君だって、やるかやらないかは自分次第なんだ。」

と、こんな感じの詩です。

この詩は一見自殺を肯定しているように聞こえますが、実は反語的意味を持っていると、私は思います。
こんなに「痛み」に満ちた世界に生きていて、何故「痛みなんてない」と言う自殺を選ばず
「やるかやらないかは自分次第」と唄う事で終わるのか…。
それこそ、ルオーの絵『郊外のキリスト』にも書きましたが、そこに希望があるからです。
逆に「痛み」を分け合い、ハチャメチャに笑い飛ばすことで、共に愛が深くなって行くような温かさを感じさせます。
きっと私達は、自分を信じたいのです。希望や愛を信じたいのです。
この曲では、そのやさしさだけが心に流れ込んで来るように思うのは私だけではないでしょう。
「ばくぜんとした絶望」をゆっくり静かに横にどけて、また歩き出したいと思うでしょう。

疲れた時は少し休みましょう。
ちょっと「笑える」ことに意識を持って行きましょう。
笑いながら泣きましょう。

自殺するのは苦しい事じゃないからこそ、難しい事ではないからこそ、
私達はそんな事には逃げないで、笑い飛ばして前に進もう!
「やるかやらないかは自分次第」だからこそ!
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What A Difference A Day Made !

「そもそも人間は愚かである、という前提で物事はやっていかないといけない。自分のことを考えても愚か以外の何者でもない。失敗しても取り返しがつくようにシステムを作っていかないといけない。よくSFなんかでは愚かな国の愚かな大統領が核のボタンを押しちゃって、世界が終わるという話があるが、笑い事ではない、ということがよくわかった。そういうつまらないことで世界はカンタンに終わってしまうのだ、きっと。」
という友人の発言を先日Facebookで読んで、思う事が多くありました。
ちょっと前までの私なら頷いたのでしょうが、どうしても首を縦に振る気になれないのです。
これは、今起こっている原発問題のことを言っているので、ある意味気持ちもよくわかるし、似たような怒りがないわけでもありません。でも、やはり、だからといってここまで言葉にしてしまうのは今だからこそ、考えてみたいと思うのです。

「そもそも人間は愚かである」と本気で考えてしまったら、私は絶望で今すぐこの世からおさらばしてしまうでしょう。……実際、しようとしたことすらあるし…運良く(?)未遂で済んだからこそ、今こうして書いている訳ですが(笑)。
きっと、こうした言葉をつい言ってしまうのは、自分自身をも叱咤激励したい時なのだろうとは思います。それくらいに、今自分が属するこの世の中に腹を立てている…ということなのでしょう。
でも、だからこそ、なおさらに、大人である私達はこれから手渡す事になる次世代の、更にはそのまた次世代の子供たちの為にも、このような言葉を使ったり残したりしたくない…と考えてしまいます。

前回のブログでルオーの「郊外のキリスト」について書いた時にも触れましたが、私達はこの大震災と原発事故によって、自分達の「無力さ」や「醜さ」や「卑怯さ」を思い知ったけれど、それを思い知ることが必要だったからに過ぎません。思い知ることで、初めて次へ進む覚悟ができるからです。思い知ったからといって、その状態に甘んじている必要はないのです。

昨日Twitterでグッドタイミングで、ミヒャエル・エンデの言葉に出会いました。
「ヘルダーリンの有名な言葉があります。それは「危険が増すと、救いもまた増す」というものです。人間が全地球を破壊できるという人類史上はじまって以来の新しいページに足を踏み込むことで、同時に意識の飛躍が起こるのではないでしょうか。__『エンデの文明砂漠』」

まさしく、この「意識の飛躍」の為に思い知ったのだと思いたい。
思い知ったからには、人に変わってもらうことばかりを要求する前に、まず自分自身から変わりたいと、私は思うのです。

卑近過ぎてちょっと話がズレる部分もあるエピソードかもしれませんが実体験談をひとつ。
以前、広告制作会社に勤めていた時、どうにもこうにもソリの会わないコピーライターさんがいました。とにかく、ちょっとした事ですぐ対立してしまう。彼女の評判は上司以外では思わしくないのもあり、私は自分の正当性を信じて疑わず、彼女とは対立するばかりでした。そのいがみ合いに自分でもいささかウンザリしていた時に、運良く別の会社からのお誘いがあり、その会社を辞めることになりました。抱えていた仕事の引き継ぎもあり、1ヶ月はその会社に通う事になったのですが、もうすぐこのコピーライターともおさらばだ!と思うとうれしくて仕方がなく、私の心はその1ヶ月間かなりの上機嫌でした。上機嫌だと寛容になれるようで、この1ヶ月間、彼女がムカツくことをしても、にこやかに流し、間違いをしていても、ソッと修正までしてあげちゃう始末。反論も相手を押さえ込んだり批判的にではなく、やさしく噛み砕いて説明し、相手の言い分を一応聞いてから、改善点を提案する…と、出来る限りぶつからないように仕事をしました。……すると、彼女の態度が変わって来たのです。次第に対抗心むき出しだった態度が消え、少しずつ礼儀正しくなり、会社を辞める時には、彼女個人からまで花束をいただき、ハグまでしちゃった!……その時、つくづく反省しました。「私の態度も悪かったんだ…」と。私の「嫌い波動」が彼女にも伝わっていたのでしょうね。彼女はなにひとつ変わった訳ではなかった。問題の多い人ではありましたが、こちらの態度によっては、仕事自体はキチンとこなしてくれたし、話し合うつもりだって元々あったし、いがみ合うことや嫌味なことを趣味にしていた訳ではなかったのです。(冷静に考えれば当たり前ですよネ。)私が変わりさえすれば、変わる事はこれだけあったのです。
今ある原発システムが彼女の事と同じ訳ではもちろんないけれど、対立ばかりしていては、話し合いの土俵にすら立てないし、増々隠し事を増やすばかりでしょう。向こうだって馬鹿じゃないし、コミュニケーション能力だって持っている。自分を信じるように、ある程度相手も信じていくことこそが、今求められていることなのではないか…と思われて仕方ないのです。ましてや、腹立ちまぎれだとしても、「人間は愚かだ」と言い続けていては、どうなるのだろう……。

人間が愚かだとしたら、今ある構造を変革し、それを我々が監視し続けるシステムを構築し得たとしても、「愚か」である以上、監視する私達自身も信頼し得ない……という恐るべき結果しか待ってはいないことになってしまうでしょう。
そうではない、と信じているからこそ、自分を信じているからこそ、私達は怒るのだし、こうしてFacebookやTwitterなどで語り合っているのだと思います。
だからこそ誰もあっさりこの世から「おさらば」しないのだと思います。

だったら、それを口にしませんか?
まず、私達大人が、希望のある言葉をなるべく口にしませんか?
システムを変えたいのなら、まず自分の生活から、意識から変えていきませんか?
自分が変われるのなら、きっと相手も変われると信じられる。そこから相手と向き合うことが初めて出来るのではないかと思うのですが……。

私の大好きなJAZZの曲に " What A Difference A Day Made " があります。
Dinah Washingtonの歌が有名ですよネ。
(下に動画をはっておいたので、よろしかったら、聴いてみてくださいネ♡)
この曲は、
24時間前にあなたから「君は僕のものだヨ」とささやかれて、
ずっと雨降り続きのブルーだった人生が、全く違う世界になってしまった。
太陽と花がやってきて、
目の前には虹までかかってしまうくらい、世界が変わるなんて……
……そして、こんな風に世界を変えたのは、あなた。
と歌い上げています。

恋愛の時の事だけと思わないで、この「言葉の力」を考えてみませんか?
それこそ、私達の力です。きっと愚かではない力にできるはずです。



病気を遊ぶ (?)


昨日Twitterで知り合いの方が(とはいえTwitterやFacebookでお友達になっていただいた方でお会いしたことはまだないのですが…)2人も風邪をひいてしまった旨の「つぶやき」があり、人ごとながら、気になって仕方がありませんでした。
今頃の風邪はインフルエンザのような重篤になる心配はないけれど、症状として出るものがあざとく、妙に神経に障り、イライラもやもやするものなのを知っているから。
で、いつものように、「何か気晴らしになるネタはないかなぁ…」と考えてみたものの、この神経に障るようなイライラには、なかなか効き目のあるネタは見つかりませんでした……せめてビタミンCの摂取をお勧めするばかり…ゴメンね!

と、いうわけで、今自分が病気療養中の身であることを「そうだった!」と思い知ることとなりました。(慣れてきて生活の一部だったりするので、普段は意外と忘れかけていたりするので(笑)。) 
病人なのに「明るい」とよく褒めていただくことを「ノー天気だと思われている…」とひがまずに、素直にお受けすることにして、それが何故なのか…と、ちょっと考えてみました。

そもそも私は何かを観察することが子どもの頃から大好きでした。
蟻やミミズから芋虫や蝶やヤモリやカマキリ、泳いでいる金魚や鯉、風に揺れる樹、常に同じことのない空…何でも気になると呼ばれる(最後には怒鳴られる)までジーーーっとただアホの子のように見ている子でした。
もともと「病気のデパート」と言われるくらい、体は弱く、扁桃腺がすぐ腫れて高熱を出すし、ひどいアレルギー体質(以前書きましたネ)だし、貧血でいつも朝礼は保健室行きだし、腎臓が弱く腎臓結石持ってるし…と昔からしょっちゅう寝込むのですが、この観察好きが幸いして、病院での待ち時間は病院にいる人WATCHINGで結構楽しみ、寝込んでも、天井に見える模様や布団のシワでさえ、観察と物語創作のネタにして楽しんでいました。(高熱が出たり、激痛の時にはモチロンそうはいきませんが…)

で、これらの病気に上乗せして更にバセドウ病や原因不明の消化機能障害にまでなっている今でも、その性癖に助けられているところはかなりあるようです。

特に、バセドウ病になってからは「せっかくこんな病気になったんだし…!」みたいな意欲が出ちゃって(笑)……と、いうのも、そういう気になった元のエピソードがあるんです。

まだ、自分がバセドウ病だと自覚していない時から、すでに病気のサインは出ていて、よく手が痙攣を起こして困ることが増えてきたのです。
元々不整脈でもあったので、「歳をとると、これだからなー!」くらいにのん気に構えていたのが、バセドウ病がひどくなるまで放っていることになった一因にもなったのですが、まぁ、この時は夢にも別の病気だと思っていませんでした。
仕事で(当時はグラフィックデザインはまだまだアナログ部分が多かったので)プレゼンの為にカッターナイフで細かい切り貼り作業をしていたのですが、手が痙攣し始めて、作業にならない時がありました。明日朝には持って行かなくちゃいけないのに…気はどんどん焦ります。でも、焦れば焦るほど、増々手の痙攣はヒドくなっていくような気さえします。30分ぐらい焦ってなんだかんだと方策を練っていたのですが……急に腹が立って来て「よーし、そんなに痙攣したいのなら、好きに痙攣したらイイ!ずっと観察しててやる!!」と、自分の手に逆切れしたのです。じっと自分の手を睨みつけた時、ピタッと痙攣が止まったので、逆にびっくり!
ま、時間が押していたので、その時はラッキーとばかりに仕事にいそしんだ訳です。
で、翌朝仕事を届けに電車に乗っていた時に、フと思いました。
「焦ったり、逃げようとすると、増々追いかけて来るものなのかもしれない。逃げずに、向きを変えて、向かい合えば、案外だったりすることが発見出来るものなのかも……。」
この時の思いが今でも自分の中にあり、体が痛む時は「本当のところ、何処が痛いのだ……?」と、痛みの隙間から覗くように観察してみるのです。
始めは漠然と身体の胴体全体が痛んでいるように感じていても、胃の部分と背中の肩甲骨の間の場所が核になっていることがわかってきたりします。
そんなことがわかって来ると、痛いのは身体の一部であって、自分自身そのものとは別だ、ということも気がついて来たりします。
重篤の時にこんなのん気なことは言っていられませんが、ある程度のシンドさの時には、逆にこの観察が面白くなってきます。意外とイイ気晴らしになったりもします。
手が痙攣して物がうまく口に運べない時にあの手この手をゲームのように試していて、実家の母に嫌な顔をされたことがあり、心配してくれている家族の前で楽しむのは、相手への思いやりに対して失礼なこととなり、控えるべきことなのも学びましたが、内心悪くない「遊び」だと思っています。

きっと、性格というものも、こういったことを「楽しむ」時には必要な要素でしょうから、誰にでもオススメ出来る物ではないことも重々承知で書いているのですが、こういったことを「楽しむ」人間もいることをお見知り置きいただけたら幸いです。



そこにある温かで赦してくれる存在_ルオー画『郊外のキリスト』


私が8日に書いたブログを9日に連れが読んで
「ものすごく感動したのはわかるけど、いろいろなことを書こうとし過ぎて、何だかよくわからないものになってるよ」と厳しい指摘がありました。
そして、読み返してみると、確かにご指摘通りでした……。
反省しております。
あまりにいろいろな事を思い、それが起きた順番にも感動し、
更には、ちょっと体調が思わしくなかったのに、早くこの想いを残しておかなくては……と、妙に焦って一気に書いてブログにあげてしまった私の軽薄さ……。
焦ったり力んだりは逆効果だとわかっているはずなのに、
妙に興奮していたせいか、浮わつく自分の勢いに負けて、焦りや力みを制してくれるストッパーに羽が生えて飛んで行ってしまっていたことにすら気づきませんでした……。人間、常に「学び」ですネ。

そこで、今回は、7日に観たルオーの絵の中でも、特に私が気に入った『郊外のキリスト』の絵にしぼって、お話ししようと思います。
この絵は、ちょうど8日にNHK教育テレビの『日曜美術館』の「アートシーン」コーナーでこの展覧会のことが紹介され、一番最初に登場した絵でしたので、今なら伝わりやすいかもしれませんネ。
このサイトに行かれると、この絵を観ることが出来ます。

http://www.bridgestone-museum.gr.jp/collection/works/112/


ルオーはいわゆる「場末」の「郊外」の労働者街である、いわば都市の残りかすや矛盾がすべて流れ込んでいるような環境で育ったそうです。
彼がこの絵を描いた1920年代初頭は、少年時代を過ごしたベルヴィル地区やラ・ヴィレット地区(パリ北東部の郊外)は近代化まっさかり。
「もう夜もだいぶ更けたのか、薄明かりが残る空には皎々と満月が輝き始めた。郊外の裏通りを幼子を連れた母親がまだありつけない食事を乞いながら一軒一軒歩き回っていた」とルオーは述懐しています。
その母親はいつの間にかキリストとなってこの絵が出来たのです。
解説では、キリスト教的には「マルタとマリアの家のキリストの譬え」で、ここでその後、キリストは鍋の横を通って、台所にいるマルタの方にやって来る」という話になる手前の絵ということらしいです。
でも、聖書のお話はどこへやら、私の関心事は別の所へ行っていました。

何故、母親はキリストになったのか……。私はそこに深く心を惹かれました。
さびれてはいるけれど、人の営みがまだ残っている暮れつつある街。
長い煙突に近代化の波を感じさせるのに、ひっそりとあまりに静けさに満ちた風景。これがキリストでなければならなかったものがこの絵にはある、と感じました。
それは「例えようもなく大きく温かく総てを包むように赦してくれる存在」です。
母性はとても温かく包容力があり、赦しに満ちたものだけれど、それは我が子に向けられたものです。この絵の中にある存在はそれをはるかに越えた大きな(宇宙的な)存在に感じたのです。それは、ルオーの風景の中に必ず存在する「何か」でした。
私はそれを、まさしく「キリスト」だと感じましたが、それはクリスチャンでもない私が言うのはおこがましいものかもしれません。
で、それはルオーの絵の中にある「例えようもなく大きくて温かで赦してくれる存在」と呼ぶことにしました。(長過ぎて申し訳ありませんが…)
そして、その存在があるからこそ、この風景が愛おしく、安らぎ、心に何か大きく温かなものを落としてくれるような……そんな感動でいっぱいになるのです。

ルオーの描く(育った)風景に実際に生活していた人々は、宗教的(精神的)にも知性的にも経済的にも、自分の力で自分を良くしていく力を持てない、持たない人々です。その、最も小さき貧しき人々の側にこそ、一番近くにこそ、この世ならぬ温かさと赦しをたたえた存在が「いる」ことを、この絵は絵の波動だけで伝えてくれているように感じます。
どんな存在であっても、何が起こっていようが、大きく温かく「赦してくれる」存在があるからこそ、まだ生きていける……と思うのが「光」の一筋との出会いではないでしょうか?
その一筋の「光」に手を合わせ、私達は大震災直後、一途に「祈り」続けたのではないでしょうか?

今回起きた大震災は、私達の今ある姿を否応なくむき出しにしました。
それは、大災害という、自分たちではどうにも抵抗出来ない大きな力に総てを奪われた時に出る「無力さ」や、道徳的に知っていても恐怖が出てしまえばその通りには出来ない「醜さ」や、何かに依存することで安穏としてきたことが崩壊しかかると責任者を探しては責め続ける「卑怯さ」等です。これらを思い知った私達は、まさしくルオーの描いた「郊外」の人々と全く同じです。
でも、この絵を観たら誰でも気づくのではないでしょうか?
そんな無力で醜く卑怯な私達にこそ、例えようもなく大きく温かく総てを赦してくれる存在が、すぐ側にいてくれることを。
この存在を糧に、責め合うのではない再生の(むしろ新生の)道を見い出していけるはずだと思います。

是非、機会があったら、ルオーの絵を観てください。
震災で変わったからこそ、ルオーに追いつけた感動が、そこにはあります。




「道の美しい時もある…悩みの果てぬ古き場末で』(「ミセレーレ」より)







 










『ルオーと風景 パリ、自然、詩情のヴィジョン』展(パナソニック電工 汐留ミュージアム)を観て来ました。これは、ルオーの風景に重点を置いて若い頃から晩年までの作品を集めた展覧会です。震災の為、フランスから来るはずだった(目玉だったはずの)数点の作品は来る事なく始まり、多少残念なものはありましたが、いやいや行って損はありませんでしたよ。

(展覧会サイト ルオーと風景
 
先日『PRAY FOR JAPAN 3.11 世界中が祈りはじめた日』の本をご紹介した時に
「なめんな!」という気持ちでポジティブに行く決意を示した訳ですが、
順番としてまぁ、誰かに引っ張られているかのように、
この展覧会を観て、私は更なる決意と温かく豊かな気持ちで、今は一杯になっています。

期せずして5月5日にはチェンバロ奏者の家喜美子さんのコンサートにも行く事が出来たのも、素晴らしい順番でした。彼女の「パルティータ 第3番 イ単調 BWV827」の圧巻さは、今までにもないくらいで、今まで以上に力強く、落ち着き、それでいて豊かなその音には、震災へのレクイエムと共に地球の新たなる再生を思わせるエネルギーすらも感じられ、元気が出て来始めていました。そして、この展覧会でのルオーの絵との出会いには、なおさらに、思う事が多くありました。

ルオーの絵は昔から好きで、シスターになった親友とも何度か観に行っていました。彼の絵にはクリスチャンではない私にも、心に静謐で温かな何かをもたらしてくれるようで、ちょっとシンドいことがあると、落ち着きたいのもあって、出光美術館には一人でも度々訪れたものでした。
また、去年は同じ汐留ミュージアムで開催された『ユビュおやじの再生』展で、ルオーの意外な一面を観て、逆にワクワクしたものでした。

でも、今回のルオーの絵は、震災後の私自身に変化があったせいでしょう、静かに力強く心を揺さぶるものがありました。

まず、彼の絵が抽象的になっていけば行く程に逆に溢れ出て来る「言葉」にも近い何かがあるのに驚きました。「リアルなものからはそのリアルさ故に見えないものがあるのだよ……」とやさしく語りかけられているような気さえしました。
そうか、彼の考えられないような色彩感覚とこの抽象性があってこそ、逆に宇宙すらも感じさせる「何か」が描けるのだ……!今までどうして気がつかなかったのだろう……と。

もうひとつ、これが一番お伝えしたかったことですが、
ルオーの風景の中には常に「キリスト」が居る!と感じたことです。
クリスチャンでもないのに……とご不満をもたれる方もいらっしゃるでしょうが、
これはクリスチャンでなくても感じる所がスゴいことだと思うのです。
彼の描く風景が何故他の風景と違うのか…何故このような考えられないような色彩感覚でしかも調和のとれた絵になるのか…。それは、この絵の中に「愛」があり「思いやり」があり、「祈り」があるからだと思いました。
彼はいわゆる「場末」の「郊外」の労働者街である、いわば都市の残りかすや矛盾がすべて流れ込んでいるような環境で育ったそうです。その環境がそのままモチーフになっている絵も多く見受けられるのに、悲惨で暗いはずなのに、ぼんやりとした薄いベールのような光で包まれているように感じるのです。始めは、彼のステンドグラス職人としての修業時代の影響もあるだろう色彩感覚や輪郭線の描き方から出る効果かな…と思って観ていたのですが、静かにグングンと迫って来るこの温かさや豊かさに包まれた感動は「希望」と呼ぶしか考えられないものでした。
普通の、いやそれ以下の人々の風景の中に聖書の世界はあるんだと、ルオーが静かに語ってくれているようでした。
ルオーは信仰深き画家としても有名です。信仰の力とは愛と思いやりと祈りの深さなのかもしれません。
で、それをすべてひっくるめた意味で「キリスト」を感じたのです。
(クリスチャンの方には乱暴に思える発言でしょうが、ごめんなさい!)

彼の絵を観ていて、ヴィクトール・エミール・フランクルの著書『それでも人生にイエスと言う』を思い出しました。ルオーの面差しはフランクルとかなり近いものがあるのかもしれません。
「道の美しい時もある……悩みの果てぬ古き場末で」というタイトルの絵がありました。これは「ミセレーレ」という豪華版画集の中の作品です。
「ミセレーレ」は、父親の死をきっかけにして、「人間社会の奥底に巣食う悪、憐れな状況の中での人々の苦悩、さらにはこうしたこうした罪に汚れた世界だからこそ求められる希望を主要なテーマとして扱い、第一次大戦勃発後には戦渦への憤りも加わり、それらの主題を壮大に謳い上げられた作品」(解説より)です。
まさしく、今のことだ、と思いました。
単なるプラス思考や単純な「愛」や「祈り」を歌い上げるのではなく、どんな場末にどんな環境に生きていようが、そこに人が生きている限り、「美しさ」はある。「愛」はある。「希望」はある。
「なめんな!」とネガティブな意識を蹴飛ばすのもいいけれど、力まなくても、すでにそこにはあるのだから、大丈夫!諦めさえしなければ……!
と、自分の中からも呼びかける声が響いているような気がしました。
それは、家喜美子さんのバッハの演奏の響きにも近いものでした。
決して諦めず、ここにある「美しいもの」「愛」「祈り」を信じて力まず無理せず行こう!
先はまだ長いのだから……。
と静かな気持ちで意を決した次第です。

節電の為に夕方5時までになりましたが、7月3日までやっています。
入場料も500円とやさしい値段です。

よろしかったら、是非ご覧になってみてください。

(私は個人的には
 「郊外のキリスト」
 「ミセレーレ」のシリーズ
 「朝の祈りを歌え、陽はまた昇る」(「ミセレーレ」)
 「小さな郊外」(石版画集)
 「秋」「秋の終わり」
 がとても心に残りました。
 皆さんはどれが心に残るのでしょう?)


「なめんな!」


PRAY FOR JAPAN ‐3.11世界中が祈りはじめた日‐



先日予約していた本
『3.11 世界中が祈りはじめた日 PRAY FOR JAPAN』
が手元に届きました。

これは3月11日の東日本大震災のわずか12分後から届き始めた海外・国内からの「祈り」のメッセージやエピソードを集めたWEBサイト
" http://prayforjapan.jp/ "(震災当夜、停電中の一時避難所にいた20歳の大学生が立ち上げた)を1冊の本にまとめたものです(売り上げの印税が義援金として寄付されます)。

どのエピソードもとても素敵で、胸を打ちます。
この本を読み、3月11日の震災のショックが甦るというよりも、
この日から世界の方々と祈り続けた一途な気持ちを思い出し、
もう一度、自分をリセットして、仕切り直さなくてはいけない、と強く思いました。

この本の中でも、特に今の自分の思いと重なる言葉があったので、ここでご紹介したく思います。

自衛隊員の夫へ送ったメール

ぜんぜん眠っていないであろう旦那に、
「大丈夫?無理しないで」とメールしたら、
「自衛隊なめんなよ。
 今無理しないでいつ無理するんだ?
 言葉に気をつけろ」と返事が。
 彼らはタフだ。
 肉体も、精神も。

  ( P. 40 )

まさしく、この言葉で、今の私の気持ちがパッカーンと蓋を蹴飛ばして出て来たから。
 日本国民をなめんなよ。
 日本をなめんなよ。
 この世界をなめんなよ!」
と、この数日心の中で叫び続けていた気がするからです。

この大震災が起こった時、「何故?」と思わずにはいられなかった。
震災ばかりか、大津波の衝撃、さらには原発事故……。
そして今もなにひとつ解決してはいない……。
でも、起きてしまった。
泣こうが、わめこうが、叫ぼうが、起きてしまう前に戻る事などあり得ない。
ならば、起きてしまった事に眼を背ける事なく、前よりいい世界にするしかない……
と、一介の小市民である私が、心から思ったのでした。

それから2ヶ月近くとなり、
今のこの状況はどうだろう……。
確かに困難な事だらけだし、総てが後手後手に回ってしまっているようにも見えます。
でも、別の人が責任者だったら、とか、もし自分がリーダーだったら、とか考えても、事が大き過ぎて五十歩百歩だったのでは……とも思えます。
それくらい、大変な出来事が実際に起きているのだとしか言いようはありません。
だから、ただ黙って耐えていればイイとも思えない……。そんな悲しみと焦燥感の入り交じった感情の中で祈り続ける自分に気づき、違和感を感じている時に、この本を手にしたのです。

この本の奥から立ち上る一途な祈りと思いやりの深さには、誰もが感動することでしょう。
……そう、そうなんだ……人間にはこれだけの愛が、思いやりが、温かさがあるんだ……と思った時に、自分の中にあるネガティブな感情に向かって言いたくなった言葉が、「なめんな!」なのです。

あれほどの大きな災害です。場合によってはそれに「人災」も加わるのかもしれません。
でも、「生きている」のだから、前に向かって少しずつでも進むしかない。
その時、少しでも出て来るネガティブな意識を「なめんな!」と蹴飛ばして、愛や思いやりや温かさを糧にして、分かち合い、知恵を振り絞り合い、助け合って行こう!と強く思っています。

なめんなよ!
絶対に大丈夫に、いや、それ以上に素晴らしい世界に変えてみせるゼ!!
サンキュー!!


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