ぼちぼちいこか
病気療養中だけどぼちぼち明るくいきたいネ♡

HEAVEN

Jimmy Scott / HEAVEN

一昨日、久方ぶりにある人に対して尋常なく怒っていました。
病人のクセに、身の程知らずに怒り過ぎて、昨日はかなりヘタっていましたが、それでもなにやかやとやる事があり、「疲れている」程度の意識でした。
ところが、今日になって、やっとゆっくり出来る時間ができた…と思った途端、ヘロヘロのボロボロです(^^;;)))/

でも、まぁアレですネ。時には怒るのも大切なようですww
NVCというコミュニケーションを学び始めているおかげもありますが、自分が押さえ込んでいたことや、実はこのところ悲しかったンだということに気づけて、やっとそれを手放すことができましたから(^-^*)☆!!

介護のこと、身の廻りの些細だと思ってスルーしていたことが、実はジワリジワリと微妙な暴力性を持って溶けない粉雪のように積もり続けていたようです。
それが、とてつもなく許し難い行動をした人への怒りがきっかけになって、ドーーーン!と爆発したようです(-ω-;)
自分の中の悲鳴と繋がることで、不思議に落ち着いたというか、更に深い静かで温かな沈黙と出会えた…というか、ヘロヘロのボロボロなのに、妙に清々しいのです♡
やっと粉雪が溶けて流れ出てくれたのかもしれません。

さて、そんな中、昨日連れ合いのやっている (知りたいのだけれど聞くに聞けない)仏教講座に参加してきました。
そこで、ありきたりの生活の中に奇跡がころがっている…という話が出ました。
その話題の中でフと、「そうだよね、この時この場所に天国はあるんだよネ」と思った時、
「HEAVEN」という曲を思い出しました。

若い頃、このTalking Headsの曲が大好きだった時期がありました。
でも、若さ故か、この曲を皮肉な歌として受け取って、ナナメに構えて聴いていました。
天国なんて、ありきたりで実は退屈なんだ……とネ。
まぁ、その後、ジェットコースターのような人生が待ちかまえていようとは思いもしませんでしたから……o(^^;o)Ξ

そこで、久しぶりにTalking Headsの「HEAVEN」をかけてみたら、何か「違う」のです。
そうか、ナナメに構えて聴いていた頃と今の私がきっと変わったからなンだ……と思い至りました。
そして、それなりに大人として齢を重ねる中で出会った、同じ曲なのに全く違うものに聴こえて衝撃と感動を覚えたこのJimmy Scottの「HEAVEN」にたどり着きました☆

Jimmy Scottは幼少の頃にカルマン症候群という病気になり、そのため成長が止まり、声も声変わりせず少年のような声のまま大人になったことが、逆に音楽的には幸いし、1949年代後半から他者を追随させない美声と表現力とで、一時は喝采をあびていたジャズ・ヴォーカリストです。あるレコード会社との「生涯の契約」のせいで、ライブのみでの活動しかできなくなり(当時レコードリリースが出来ないということは、音楽家生命としては致命的な損失となる時代です)、結局、音楽業界からしばらく離れ、普通の昼間の仕事で20年ほどは生活をせざるおえなかったという、壮絶な人生を送った方です。(1991年(66歳)に、友人のミュージシャンの葬儀で歌ったことがきっかけで、再び注目を浴び、奇跡的な復活を遂げた方です。2014年に88歳で亡くなっています。)
そんな彼が歌うと、この曲は別の様相で私に迫ってきます。

ありきたりのような日常だけれど、自分が大好きで楽しいことが、毎日同じに繰り返される場所のありがたさ。
特別なことは何も起きないけれど、賑やかで楽しく、ワクワクすることの中で、穏やかに(きっと不思議と静かに)日々を過ごせることの素晴らしさ。
これを、彼は誰よりも知っていたことでしょう。

今日の私にはあまりにも身に染み過ぎですが、可能な限り、気づかせてもらえたこの「素敵さ」に浸っていようと思います♡

* * * * * * *

HEAVEN

 そのバーには皆が行きたがる。
 そのバーはヘヴンと呼ばれている。
 ヘヴンのバンドが演奏するのはぼくの大好きな曲。
 バンドはその曲をくり返し演奏し、一晩中演奏する。

 ああ、ヘヴンは何も、何も起こらない場所だ。
 ヘヴンは何も、何も起こらない場所だ。

 パーティが開かれて、皆がそこにいる。
 皆が立ち去るのはきっかり同じ時刻。
 このパーティが終わると、パーティがまた始まる。
 同じパーティが、まったく同じに。

 ヘヴンは何も、何も起こらない場所だ。
 ヘヴンは何も、何も起こらない場所だ。

 このキスが終わっても、また始まる。
 同じキス、まったく同じ。
 こんなわくわくすること、こんなに楽しいこと
 想像できるかい。

 ああ、ヘヴン、ヘヴンは何も、何も起こらない場所だ。
 ああ、ヘヴン、ヘヴンは何も、何も起こらない場所だ。






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父路門先生のご帰天☆番外編

父路門先生とは、結婚してからは、夫婦共々おつき合いいただいておりましたので、
当然、連れ合いも「通夜の儀」には参列させていただきました。
彼は浄土真宗の僧侶でもあるので、法衣で参列したのですが、
意外な事に、僧侶らしき方は彼以外におらず、案外と目立っておりました^^;

その連れが、私のブログをfacebookでシェアしてくれたのですが、
その投稿文がとても良かったので、その投稿文そのままをここでご紹介したいと思います(^^ )ノ♪
(もちろん本人の了解済みです)

当たり前の話ですが、関わり方が違うからこその、捉え方の違いは、
私が思い入れが強くいっぱい一杯になってしまった分、
ちょっとした救いすら感じます(^-^*)☆!!

お通夜の時の様子も、私の書いたものより詳しく、わかりやすいかもしれません(^^;;

_________________________

◎宇田 紅

ご記憶してられる方おられるでしょうか?
去年の4月頃にカソリックの引退された神父様達が暮らしてられる施設に、家内が学生時代からお世話になっていた神父様をお訪ねした時の話しを。

(以下がその時の文章です)
 ○2013年4月17日
 先日、家内が学生時代からお世話になっているカソリックの神父様に面会にうかがいました。
 ご高齢なので上智大学神学部の一隅にある「ロヨラの家」という施設におられます。
 5分の面会もベッドで寝た状態で、でしたが一生の間祈りとうして来られた方の平安と威厳と明るさが直接伝わってきました。
 「ロヨラの家」にも同じ種類の平安が漂っていると感じました。
 宗教を持っている事の豊さが直接伝わってくる良い経験をさせていただきました。

 
 ○2013年12月24日
 家内が学生時代にお世話になったイエズス会の神父さまから、クリスマスカードをいただきました。
 写真に写っているのは老齢やご病気で引退された神父さま達です。
 明るいな〜この方たち。
 日本ではクリスマスは子供と若い人のイメージですが、
 人生の最晩年をこんなに明るくするのがイエス様の真骨頂という気がします。
 もちろん、この方達が生涯を財産を集めるためでも、権力を固めるためでもなく過ごしてこられた結果でもあると思います。
 一生涯をどういう方向に使うかは、人生の一大事であると考えさせられます。


その神父様がこの8月9日にご昇天されました。
去年お訪ねした時もパーキンソン病が進行し、ベットに横たわれての面会でした。
7月に「いよいよ危ないかも」という知らせを聞いていたのですが、この10日にご逝去の知らせが入りました。

父路門フランソワ(正確には)司祭は26歳の時に来日され、その後、東京の聖イグナチオ教会で司祭になられたそうです。
1966年から36年間上智大で教鞭をとられ、学生寮の舎監などをなさってられました。(この頃に家内が友人の勉学と信仰上の師としてお会いしました。)

11日に四谷の聖イグナチオ教会でのお通夜に家内と2人でうかがいました。

家内にとっては人生の節目節目で思い出す方だったので、「もう体の中にいない方が楽だし、魂になってかえってご活躍されるのでは?」という気持ちがありつつも寂しさは拭いきれないようでした。
私はキリスト教式のお通夜に参加するのは12の時の母親(プロテスタント)の通夜以来でした。

香典や香典返しの風習もなく、記帳するだけで入場し、簡素なお花とお写真が飾ってある祭壇を見て、いかにも故人のお人柄を表した感じだな、と思いました。
(司祭の方の通夜ってあんな感じなのでしょうか? 日本仏教だと地位のある坊さんの葬儀はすごく大層な事になります。)

祭壇のお写真を見ると、かなりお痩せになってからのお写真でしたが、故人の何処か厳しいところもありながらも、暖かい包容力のある人柄そのもののお写真でした。
式が始まり司祭の方の儀式、祈願があり、その時から皆で立って聖歌を歌うのですが、日本語訳のものはプロテスタントと同じ歌で小学生の頃歌ったのと同じものでした。

それから神父様達からのお説教という事になっていましたが、聖書からのお話しというより故人との想い出のお話しでした。施設の館長様がお話しなられた
「父路門先生は延命治療がお嫌いで、いよいよ口から食べられなくなった時に点滴をしようとすると、“いりません、私を神様のところへ行かせて下さい”とおっしゃるのですが、点滴はいまや特別な延命治療ではなく普通の治療ですから、と説得すると、考えてから受け入れてくださいました。」
というエピソードはいかにも故人のお人柄をしのばせるものでした。

もう一人の神父様がお話しされる際
「父路門先生が“これからは、皆さんのそばにいます。今までは皆さんが私のために祈ってくれましたが、これからは私が皆さんのために祈ります”と言っています。…と思います。」
と、初め一人称の伝言調だったのが言い直される、という表現が何度かあり、故人の霊の言葉をどこかで分かる、と思ってられるんだろうな、とおもいました。
近代仏教の葬儀では聞かれなくなった言い方でイイな、と思いました。

式次第が終わり、最後にご焼香、そのあと参列者全員一人づつご遺体にご対面させていただけたのですが、本当にお痩せになっていましたが、胸の前で手を合わされた綺麗なご遺体でした。
何の執着もなくキリスト様の居られるところに行かれたんだなー、とつくづく思いました。

外面上全く違う宗教なのですが、一生涯祈り通した先輩宗教家の死はとても美しいものが感じとれ、これからの私の生涯の指針の一つになるだろう、と思いました。

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以上ココまでが投稿文です(^-^)v


⇩コチラは、去年のロヨラハウスから届いたXマスカードの写真です☆
(クリックすると、大きく見れます)
ロヨラハウスからのXmasカード

父路門(フロモン)先生のご帰天☆

以前にこのブログでも
『フロモン先生』
『右手のすることを左手に知らすなかれ』
でご紹介した、父路門フランソワ神父様が
8月9日午前8時40分にご帰天になられた(享年83歳)、
との知らせをいただきました。

7月に友人から
「いよいよかもしれないから、会いに来るなら今のうちかも…」と知らせを受け、
他にお会いになりたい方もたくさんいらっしゃるだろうから…と、
祈りながら日々を送っていたので、覚悟は出来ていたつもりでしたが、
やはり、寂しく、悲しいものです。

10日は何故か、何をやっても力が妙に抜けた感じで動いている感がありました。

1ヶ月ほど前から、想いが先生に行く度に祈ってきたので
「ついに…」という感しかないのですが、
妙にしんみりとため息をつきがちだったり……。

頭では、パーキンソン病で肉体が意識とは別に思うようにいかない日々を送られていた先生にとっては
「魂が自由になられて、天に召されて自由にお働きのことだろう…」と思いつつも、
私自身の身体がその意識について行けず、悲しんでいるのがわかるのです……。

直接お顔やお声を拝見出来ないことへの寂しさや喪失感と共に、
身体が記憶している父路門先生という存在に対して、喪失した悲しみが身体と感情にあるようです。



父路門先生にお祈りをすると、重い世界の中で軽やかで輝く魂がいらっしゃるような感じがします。

最後にお会いした時にベッドから天井に向けて人差し指をヨロヨロと突き立てて「あちらに先に行ってお出でになるのを待っています」とおっしゃった言葉が忘れられません。

昨日(11日)は、1日中父路門先生の「通夜の儀」に参列することがメインの日となりました。

朝からの日常的な行為のそこココで、父路門先生の思い出や言葉がフと蘇るのです。

学生時代に親友の「師」として出会い、いつしか私の師にもなってくださっていた父路門先生。

人生の節目節目に必ず私の心の中で登場する大切な方でした。


様々なことを思い出す度に、ニッコリし、再び感動し、感謝する時間になっていく。

そんな時間を積み重ねて、さぁ、夕方となり、聖イグナチオ教会へ。



式の前に、しばらくの間、教会内の空間に父路門先生の輝くような愛の気配を感じ、
腰掛けて手を合わせながら、
心の底から「ありがとうございます!!」と感謝し続けていました。

パイプオルガンの音と共に、空間に広がっていた父路門先生の気配がスーっと消え、おや?と思いましたが、式の途中で中央に飾られていた父路門先生のお写真に、その気配が集まっているのに気づきました。
……式の参列者を見守って下さっているような気がしました。
遠く離れていて葬儀に来られない方々の手元にあるお写真にも、きっと同じように父路門先生がお出でになっているような気さえしました。


とてもシンプルで静かな、父路門先生にふさわしい「通夜の儀」でした。

弔辞を読まれた仏文の学部長さん(?)も、
ロヨラハウスの館長さんも、
お説教をしてくださった神父様も、
皆さま、父路門先生のエピソードを慈しむようにお話ししてくださり、
「そうそう、そういう方だよネ……」と少しだけ微笑むように耳を傾け頷く時間でした。

そしていよいよ、祭事で使うお香を使ってのお焼香をし、ご遺体と面会させていただきました。

それまでは式中微かに微笑んでさえいたのに(父路門先生は「泣かないで…」とおっしゃっていたのに)ご遺体を見た途端、私自身の肉体そのものが反応して(想いとはウラハラに)、涙がハラハラとこぼれ落ちました。

見事に、もうすでにそのご遺体から父路門先生は抜け出ていて(まさしくお写真の中に移動していらした)、「これからは、形を変えて皆さんの側に寄り添っていますよ」とおっしゃっている通りなのを感じました。

もう、このお体にはいらっしゃらない……という実感が私自身の肉体には、かなり悲しいことのようです。



今、私の心は喜びと寂しさとで半々の状態のような気がします。

妙に沈んだように静かであり、
今までよりも深い所で先生と対話が出来そうな静かなワクワク感があり、
先生から
バトンを受け取った一人でもある実感で、責任を持つ覚悟を決めた引き締まる緊張感すらあるのです。

……それが、そのまま身体に表れている気がしています。
(
しばらく、この身体の様子を見守ってみようと思っています。

今の私に、自分の身体を大事にする為に出来ることが、これしか思いつかないから。…そして、きっと大丈夫な気がしています。)

ある意味、肉体を離れられ、自由な魂として、何時でも何処へでも飛んで行かれる(すでに飛び回られている…?)気がして、行動的な先生にとっては、うれしいのかも…と思うし、いつでも心でお会い出来るのだから私にとってもありがたいことなのかも…とも思うのです。
でも、もう実際には生のお顔も拝見出来ないし、フランス訛りのたどたどしいリズムで話されるお声も聞くことが出来ない寂しさ……。
しかも、「もう、私のところに来ることからは卒業する時期ですよ。あなたのところに来た方々に、あなたがする番になったのですよ」と言われているようで、
いよいよ「恩送り」の時が来たのか……と心が引き締まる感さえあります。
出来るだろうか……?出来なきゃ、申し訳ないもの、きっと出来るよネ!


前日「 “おかえり!” と言える存在になりたい」と友人に言ったばかりでしたが、
父路門先生は、いつでも「やぁ、よくきましたネ!」とニッコリしてくださる存在でした。

……そうか、私の理想の方だったんだなぁ……。




父路門フランソワ先生、
心からの感謝と、
魂でのこれからのご活躍をお祈りいたします(U_U)☆
父路門フランソワ先生


追伸
やはり以前に
本『さよならのあとで』のことをご紹介したことがありますが、
まさしく、あの本は父路門先生のお言葉そのもののような気がしています。
そういう方なんです☆
よろしければ、⇩コチラも読んでみてくださいネ。
本『さよならのあとで』


絵本『かないくん』

『かないくん』
かないくん
谷川俊太郎 (著), 松本大洋 (絵)


今日ほぼ日ストアから届き、先ほど何度も何度も繰り返し読みました。

静かな静かな……音もなく過ぎていく「時間」を形にしたらこんなかもしれないなぁ…とフと思うほど、静かな、素晴らしい絵本です。

以前にご紹介した『さよならのあとで』という本が
死んでしまった方の側からのささやくようなメッセージだったのに対して、
(同ブログ/本『さよならのあとで』)
『かないくん』は
ココに残された側が死んだ人に寄り添い、
「死ぬ」ことって何なのか、日々の生活の中で感じている世界を、
この世で生きる世界に雪がはらはらと舞い落ちては消えて行くように、
心の中に浮かんでは消えていく「死と寄り添って生きて行くなりわい」の世界を深く深ーく静かに静かーに優しく優しーく、リアル化してくれている絵本だと感じました。

とにかく、松本大洋さんの絵が素晴らし過ぎる!!
谷川俊太郎さんの世界を、更にリアルに更に深く更に大きく広げています。
大洋さんのアイデアだというウサギや桜の木の存在も秀逸です。

死生観というのは、個人的に様々でしょうから、
そのことについてこの場で何かを言うつもりはありません。
でも、私も「次の始まり」だと思っているので、うれしかったのも確か♡
(「ひとりぼっち」とは思っていないかも……ww)

私も中年となり、谷川俊太郎さんと同い年の母と、母より6つ年上のちょっと痴呆気味の父がいます。
(実は、私も杉並第二小学校の出身です。)
「死」と密接に寄り添いつつある両親に、後悔なく「次の始まり」の扉を柔らかい心で開いてもらえるように、寄り添っていきたい…と静かな覚悟もつきました。

この本を創ってくださった総ての皆さんに、心から感謝したい絵本です。
ありがとうございます。



映画『ハンナ・アーレント』

ちょっと前に観た映画ですが、やっと落ち着いて書ける時間と体力が揃ったので、書かせていただきます。

映画『ハンナ・アーレント』
ドイツ系ユダヤ人であった哲学者ハンナ・アーレントは、第2次世界大戦中にナチスの強制収容所から脱出し、アメリカへ亡命しました。
1960年代初頭、何百万ものユダヤ人を収容所へ移送したナチス戦犯アドルフ・アイヒマンが、逃亡先で逮捕され、アーレントは、イスラエルで行われた歴史的裁判に立ち会い、ザ・ニューヨーカー誌にレポートを発表、その内容に世論は大揺れに揺れる…というのが、この映画の内容です。
ハイデッガーの愛弟子らしく、人間の存在を強く希求する中で「考えることで、人間は強くなる」という信念のもと、世間から激しい非難を浴びて思い悩みながらも、アイヒマンに対して、「この男は悪魔ではなく単なる公務員だ。ここに我々の時代の悪の問題の困難さがある」と、彼のなし得た悪とは<悪の凡庸さ>であった、と主張し続けた姿が描かれています。

期せずして、私はこの物議のもととなったアドルフ・アイヒマン裁判のドキュメンタリー映画を観ていました。まさしく、アーレントが言うように、彼は不器用で融通の効かない小役人にしか見えず、一緒に観に行った友人と、見終わった後でお茶を飲みながら、顔を見合わせては「……ウーーム……」と、こんな男が世界を騒がす被告人とは……と、人間の奥深さに頭を抱え込んだものでした。
それを、アーレントは<悪の凡庸さ>という言葉で切り込んだことに、息をのむ凄まじさを感じ、自分に対しても、ドキリとしたのです。

映画の中で、教鞭をとっていた大学を追われかけている時に、学生たちに向かって彼女はこう言います。
「アイヒマンを裁く法廷が直面したのは、法典にない罪です。そして、それはニュルンベルク裁判以前は、前例もない。それでも法廷は彼を裁かれるべき人として裁かねばなりません。しかし裁く仕組みも、判例も主義もなく、”反ユダヤ” という概念すらない、人間が1人いるだけでした。」
「彼のようなナチの犯罪者は、人間というものを否定したのです。そこに罰するという選択肢も、許す選択肢もない。彼は検察に反論しました。何度も繰り返しね。”自発的に行ったことは何もない。善悪を問わず、自分の意志は介在しない。命令に従っただけなのだ” と。」
「こうした典型的なナチの弁解で分かります。世界最大の悪は、平凡な人間が行う悪なのです。そんな人には動機もなく、信念も邪心も悪魔的な意図もない。人間であることを拒絶した者なのです。そしてこの現象を、私は『悪の凡庸さ』と名づけました。」
「ソクラテスやプラトン以来、私たちは”思考”をこう考えます。自分自身との対話だと。人間であることを拒否したアイヒマンは、人間の大切な質を放棄しました。それは思考する能力です。その結果、モラルまで判断不能となりました。思考ができなくなると、平凡な人間が残虐行為に走るのです。過去に例がないほど大規模な悪事をね。私は実際、この問題を哲学的に考えました。”思考の嵐” がもたらすのは、知識ではありません。善悪を区別する能力であり、美醜を見分ける力です。私が望むのは、考えることで人間が強くなることです。危機的状況にあっても、考え抜くことで破滅に至らぬよう。ありがとう。」

私が自分のこととしてドキリとしたのは、「同じ(と思い込んでいる)日常の中で、パターン化し、そのパターンの中で(知ったつもりになって)考えるのをやめて、ただ機械的にその流れにのっていさえすれば安全であり、何らかの保証(と思い込んでいるもの)を保持できる(はずな)ので、この中で生きていればイイのかなぁ……楽だし……」と思う自分が顔を出す時があるからです。
まるで、彼女に、「 ”パターン化した生活に安穏と生きる、創造的ではない生活" は人間性を失うことにつながらない?」と問いかけられているような気がしました。
きっと、こうした ”わかったつもり” になることで考えることをやめ、無意識にその流れに身を任せた時に、アーレントの言う<悪の凡庸さ>が知らず知らずのうちに積み重なっていくものなのかもしれません。
本来なら、ひとりひとりが意識的にも感性的にも自立してこそ成り立つものが社会のはずなのに、パターンや ”わかったつもり” に依存してしまうことが、人間性だけでなく、自然や宇宙から離れていくことになるのかもしれません。

つまり、<悪の凡庸さ>というものは、誰もが心のすき間に潜ませているモノなのだ、と彼女は訴えているだけなのだと思うのです。

私自身でも、「病気である」という理由で都合が悪いことから忌避することが出来た時などは、うっかり「このままでもイイかなぁ…」なんてことを考えることがあります。(もちろん、やりたいことが出来ない事も多いので、いつまでも思っているわけではありませんが…)
ぼんやりとした甘い罠はどこにでもころがっており、それこそが、彼女の言う「悪の凡庸さ」の芽生えなのではないか……と、ドキリとしたのです。

人は「生きている」間中、身体細胞は生まれては別のものがなくなり、常に生まれ変わり、実は同じであることはないのだそうです。(なんとまぁ「生きている」ということは創造的なものなのでしょう!!)
……だとすれば、身体だけでなく、人の意識というものも常に創造的であればなぁ……と思うようになりました。
考えてみれば、そうした日常の方が楽しいに決まっているのです。

創造的であるということは、突き詰め過ぎれば苦痛を伴うこともありますが、日々の生活での工夫やちょっとした発見というものは、うれしいサプライズを呼び起こし、ワクワクし、心が躍るものです。
特に、自分以外の誰かの為にそれを使う時、思いも掛けないほどのギフトを逆に感じたり受け取ったりすることがあるのは、誰もが体験したことがあるのではないでしょうか?

彼女のいう「悪の凡庸さ」という言い方が厳しく感じ、責められているように感じる人も多いせいで、なんらかの反発を買ってしまうのでしょうが、要は、人間は常に創造的に愛をもって生きる生物であり、そこから離れることは危險なことだ…と彼女は言っているだけなんだと思います。どんなことでも ”わかっている” つもりにならず、ひとつひとつ丁寧に向き合って、自分の頭で自分らしく考え、創造的に生活していきたいものです。

映画『ハンナ・アーレント』オフィシャルサイト
http://www.cetera.co.jp/h_arendt/






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